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歴史(TPR創生ストーリー)

潤滑油業者からスタート

TPRの前身は、1908年(明治41年)に田中源太郎が興した株式会社田中源太郎商店である。薪炭商の長男として生まれた源太郎は、大阪高等商業学校(現在の大阪市立大学)を卒業後まもなく同社を興し、米国アチエソン会社の日本総代理店として、潤滑油および潤滑剤の販売に従事した。

潤滑油は、内燃機関の駆動部において機関性能に決定的影響を及ばす重要なものである。1910年(明治43年)、日野熊蔵大尉、徳川好敏大尉が日本初の試験飛行に成功し、空への関心が高まりつつあったこの時期、同社はその規模を着実に拡張させ、宮内省や陸・海軍省、日本郵船、三菱重工など得意先に持つ一流の潤滑油業者として活躍した。

昭和に入ると、世界の関心が戦争に集中するなか、航空機や船舶は最も重要な戦略物資となっていった。特にその心臓部ともいえるエンジンの改良開発は、国家的緊急課題であった。当時航空機・船舶用リングは海外からの輸入に依存しており、価格・品質面で国産品は格段の差がつけられていた。田中源太郎は技術者として、エンジンの性能向上には潤滑油と同時に優れたリングが不可欠であると考え、国産リングの製作に生涯を掛けることを決意した。

潤滑油の改良とともにリング製作工程を研究改善し、1939年(昭和14年)1月には海軍航空技術廠に対し、国産の「金星」エンジン試験用リングを提出し、これが2位の米国製品を大きく引き離す試験結果を出したことにより、田中商店はリングメーカーとしての信頼を獲得し、同年12月に「田中ピストンリング株式会社」が設立された。

同社は軍需産業増強の必要性から急激に需要をのばし、1944年(昭和19年)には軍需省より軍需会社に指定された(1943年に「帝国ピストンリング株式会社」へ社名変更)。同社の硬質クロムめっきリングは、陸・海軍機エンジンの性能維持に不可欠であり、世界的に勇名を馳せた零戦搭載の「栄」エンジンにも採用されていたのである。

70年を超える歴史の中で、会社の事業分野もピストンリング、シリンダライナなどの自動車部品のみではなく、アルミ、ゴムと樹脂など多種多様化してきた現状を踏まえ、未来に向けて新しい事業展開を行い、一段と大きく成長する決意を明確にするため、2011年10月1日から正式社名をTPRに変更したのである。

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